奉納品

 中継点

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

奉納品

【注意】
 「護法少女ソワカちゃん」上映イベント関連企画への応募作品です。
 ソワカちゃん登場キャラクターの過去を勝手に妄想・捏造した二次創作です。
 本編の設定と辻褄あってないんじゃないの? という部分が多々あります。
 キャラクターの元ネタとなった実在の人物を思い浮かべてはなりません。
 以上、覚悟の上でお読みいただけると幸いです。
 本朝OVER THE RAINBOW縁起


******************************


電奇梵唄会奉納ソワカちゃん雑文祭 参加作品
「虹の光は道標」


私が屋敷に住み込んだのは、貴方がまだ小さな坊ちゃまだった頃。
先輩の奉公人からは、同じ言葉を何度も何度も聞かされたものだ。
――いいかい、口を出したり、ましてや坊ちゃまを叱ったりなんて、出すぎた真似をする必要なんてないんだよ。坊ちゃまはご存知のように選ばれし力を持っておられる、御指導は徳のある皆様が全部、計算通りになさってくれるのさ。私たち奉公人は、ただ静かに、食事を運び、部屋を清潔に保ち、余計なことは何もしない。それだけなんだからね。
そうは言われたものの、私が気を揉まなければならないことは何もなかった。貴方はまるで修身書の登場人物のように、いつも静かに本を読み、善く仏前に座し、我儘や泣き声を聞いたことがある者などこの屋敷の何処にもいなかった。着替えその他の身の回りの世話は、いつも貴方の後ろについている執事が全て賄っているようだった。私は先輩に言われたように、只管に食事を作り、雑巾をかけ続けた。最初の数年はそうするしかなかった。屋敷は広く人間関係は複雑で、最低限の仕事をこなすので精一杯だったからだ。こんな余裕のない毎日で自分自身の精神的開放はあり得るであろうか、そんな不安にも似た感情がふと芽生えることもあったが、無論そのような疑問をいくら掌の上でこねくり回しても給与の足しになることはない。今は課せられた仕事を為すしかあるまいと、私は戦略的に判断停止したまま、幾年かを目まぐるしく過ごした。

月日が過ぎ去り、私は真面目な勤労態度を認められ、この屋敷の奉公人を束ねる身分となっていた。坊ちゃまは――いや、もう坊ちゃまという歳ではない。見目麗しい青年へと育った貴方は、その頃から時折、数日から数週間ほど出かけたまま帰らない日が目立つようになった。貴方が居ようと居まいと私は食事を作り部屋を清潔に保つ。これもきっと、貴方を取り巻く徳のある方々の思うところに拠るものなのだろう。自分が口を出すのは奉公人として美しくない。
ただ、貴方が居ない日はまるで、大切なものを何処かに置き忘れてきたような喪失感で心が乱れる。いつも貴方の後ろに影のように付いて歩く、あの執事がとても羨ましかった。……羨ましい? この浅ましい感情はなんだというのだ。

ただ一度だけ、行き先を尋ねてみたことがある。丁度玄関の埃を払い終わったとき、出かけようと靴を履く貴方とすれ違ったのだ。後ろで執事が黙って大きな風呂敷包みを抱えていた。どうやら今回の不在は長くなりそうだと思った途端、説明しようのない感情の奔流が私の口を開かせた。
「どちらに行かれるのですか?」
「ちょびっと私用でチベット修行にね」
貴方はおどけたようにそう言った。冗談を言われたのだ。腹立たしさと淋しさが綯い混ぜになった感情が、僅かながら表情に出てしまったのが自分でも判った。何と言う未熟! 小声で失礼致しましたと呟き、その場を離れようとしたら、貴方は私の背中に話しかけた。
「君も一緒に行きたいの?」
「何を仰いますか!」
振り返りざま、思わず声が荒くなった。その様な事が許されるわけがないと、善く判っておられるだろうに。
「……出すぎた真似を致しました」
「ねえ、君」
ふと、あなたの口調がとても真面目なものに変化したような気がした。
「ここで君が待っていてくれるから、僕は帰ってくることができるのだよ」
「君たち」ではなく「君」と表現されたことに気付き、耳朶が熱く火照った。何を考えているのだろう、ここには私独りしかいないから、単数形を使ったに過ぎないのに。
私は努めて冷静な奉公人を装った。
「…恐れ入ります」
「今度の修行は少し長くなる。君の作る料理を食べることができなくなるのは残念だよ」
刹那、視線が合った。生まれて初めて貴方の顔をまともに見たような気がした。いつも柔らかく微笑んでいる優しい顔。でも何故か、その笑顔はほんの僅かに哀しみを孕んでいるようだ。
「私は……この屋敷で主人をお待ちするのが仕事でございます」
当たり前の事を口に出している筈なのに、何故だろう、酷く心が重い。
「……行ってらっしゃいませ」
見詰める時間が長くなればなるほど、名残は惜しくなる。私はつと顔を逸らして言った。貴方は僅かに声を落として「留守を宜しくね」と言い、執事と共に家を出た。
私は後悔していた。奉公人の律を侵して話しかけてしまったことにだろうか? それとも、共に行こうと頷けなかったことを? わからない。わからない。このように心が乱れたのは初めてのことだ。無意識に雑巾を手に取り、屋敷を隅から隅まで拭き始めた。昨年入ったばかりの若い奉公人が「まあ、あたくしがやりますのに」と言ったようだが無視して拭く。箪笥の裏を、床の隙間を、全ての汚れを執拗に。ああわかっている、これは只の逃避だ。逃避行為だ! それでも、今こうする以外に私は何ができるというのだろうか?

――貴方は数ヶ月も留守にした挙句、ひょっこり帰宅した。少々髪が伸びて乱れていたことを除けばまるで変わらぬ姿だった。執事などまるで出発の日の写し絵のように服装も表情も同じだ。私たち奉公人が一列に並び「お帰りなさいませ」を唱和すると、貴方は私に近づいてきた。出立の日の愚行を思い出して身を硬くしたが、貴方は私の手を握り――初めての接触に息が止まりそうになった――何か小さなものを握らせた。
「チベット土産」
それは小さな黄金の摩尼車だった。陽の光を当てると、透明な象嵌細工がプリズムの役割を果たし、虹の光線を放った。
「本当にチベット修行でいらしたのですか」
私が意外そうにそう言うと、貴方は面白そうに笑った。

それから三年は比較的穏やかな日々が流れた。
私は時折、貴方の話を聞かせて頂く光栄に預かった。何が貴方の気に入ったのかはわからないが、自室に私を招び、とりとめのない断片を私に語る。幼い頃の話、修行の話、暗号の話、どこかから届くというメッセージの話……私には意味不明な事も多かったが、ただそれが貴方の口から紡がれているというだけで心地良い。そういえば執事は殆ど必要最低限の単語しか喋らないことに気付いた。貴方に最も近い場所にいる存在だと思っていたけれど、彼こそが真の意味で「滅私奉公」を体現した存在であったのだ、と私は今さらながら気付いた。
ある日貴方は「僕が独自の研究で解読したとある暗号を、仲間に伝えなくてはならないんだ」と言って、夜の繁華街へ出かけて行った。あのような俗世間的な場所に行かれるのは珍しい事で、少し心配していたので、夜半を過ぎた頃に貴方が帰宅したときは大層ホッとしたものだ。しかし貴方の顔は浮かなかった。それどころか、思い詰めた様子で私にこう尋ねるのだ。
「君は、いつまでも待っていてくれるかい?」
「え」
「いつだったか、この屋敷で待つのが仕事と言ったろう。あれは本当だろうか」
「勿論でございますよ」
「それがたとえ、10年であっても、100年であっても?」
「ええ」
私は即答し、それから付け加えた。
「100年ですと、私の命が尽きて仕舞っているかも知れませんけれど」
「確かに」
貴方は笑った。それから、私の瞳を真っ直ぐに見た。とても重要な話なのだと見て取れた。私は背筋を伸ばした。
「……憲法9条の予言によれば、さる祭典に恐るべき陰謀が隠されているらしい。僕はその場所に心当たりがある。祭典は明日。其処に行かねばならないだろう。ただ、あまりにも準備が足りない。事によっては――」
口に出してしまうと現実になってしまう。そう思ったかのように貴方は言葉を途切れさせた。
「……でも、行かねばならないんだ」
私は返す言葉を失った。引き留めたい気持ちで胸が張り裂けそうだったが、それが能わぬことも知っていた。ただ、貴方をジッと見詰めた。貴方も私の視線を受け止めていた。皆、寝静まっていた。静かな夜だった。
――私も、共に。
勇気を振り絞り、そう言おうと口を開きかけた私を、貴方は手で制した。
「危険過ぎるんだ。何もかも、灰塵と化すかも知れない。僕は自分自身を守るのでさえ、精一杯になるだろう」
来るな、と命ぜられたのだ。私は唇を噛んで言葉を押し殺した。今はまだ……この言葉を言えない。それだけの力を、私は持っていない。
「それでも、君は僕を待っていてくれるだろうか」
「……ええ」
再び私は頷いた。貴方は、帰れないかもしれない。けれど、私の「待っている」という言葉により、私と言う細い糸を、彼岸と此岸を繋ぐ道標にしようとしているのだ。たとい永遠に帰れなくても、私は待たねばならないのだ。待ち続ける限り、貴方は此岸に在り続ける事ができるのだ。
「私は必ずお待ちしております。お気を付けて、行ってらっしゃいませ」
「ああ」
貴方は私の手に触れた。
「帰ってきたら、君の作った冷麺が食べたいな」
「かしこまりました」
私はそれしか言えなかった。込み上げて来る感情をこらえるので精一杯だった。

翌朝、目覚めたときには既に貴方は居なかった。いつも影の様に付き従っていた執事さえも気付かぬ内に姿を消していたという。正午近くに突然地震が起き、電気や通信が止まった。辛うじて聞こえるラジオの報道で、隣接する街が謎の衝撃波によって壊滅したことを知った。
私は驚くほど冷静に、執事に言葉をかける事ができた。
「あの方を信じてお待ちしましょう」
とは言えその日が何時になるのか当て所も無い。私と執事以外の使用人には全て暇を与え、我々は二人で主の帰還を待とうと誓い合った。そう言えば執事の名前さえ知らなかったと気付き問うたら、彼は「名などとうの昔に捨てました」と答えた。成程、それなら彼は差し詰め「執事A」だ。対して私は「奉公人B」…いや、多少はハイカラに「メイドB」とでも名乗ろうか。下らない思いつきに笑う。何時かこの名を誰かに名乗る事があるだろうか。そうしたらその子は(何故か、相手は年端も行かぬ少女なのではないかという気がしたのだ)どんな顔をするだろうか……。

料理を作り、掃除をする、変わり映えのしない日々。その合間に私は心身の修養に励んだ。幸い執事Aは武術にも非常に長けていたので、様々な護身術、攻撃術、危険回避術を教わることが出来た。強くならねばならない。近隣の街は、運転手を失った車が暴走し、よくわからないものが跋扈する異形の地と化していた。蹲って泣いていても始まらない。
時に「貴方はもう帰らないのではないか」という気持ちで心が揺らぐこともある。そんな時私は救いでも求めるかのようにあの黄金の摩尼車を回すのだ。そんな所に神は宿らないと知ってはいるけれど、くるりと回して小さな虹の光が煌くと、ほんの少し安心する。ほんの少し、貴方と私の切れかかった細い絆に手応えを感じる。貴方はきっと帰ってくる。
そして思う、待つのはこれが最後だと。貴方がまた、何事も無かったように此処に帰ってきたら、私はいつものように冷麺を作ろう。そして食べ終わったときにこう言うのだ、「次は一緒に参りましょう」と。
貴方がどんな戦いに巻き込まれているのかは判らない。でも、留守を待ち続けて乱れるこの気持ち以上に辛い事など有りはしない。私は共に行こう。いつか貴方の危機に颯爽と駆けつけて、鬨の太鼓を打ち鳴らそう。

小さな摩尼車が放つ虹の道標。
その先にあるものを、私は信じる。












管理者宛の投稿

プロフィール

くまみ

Author:くまみ
色々やってます。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブログ内検索

RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード

 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。